社台系 vs 非社台系 ノーザンファームの名馬や厩舎を解説

1986年(昭和61年)の東京優駿(日本ダービー)で、社台グループが命運を賭け導入したノーザンダンサー直仔の種牡馬であるノーザンテーストの産駒・ダイナガリバーが勝ったことに始まり…。この年、皐月賞もダイナコスモスで勝利。
日本競馬界のスタンダードがこれ以降において、社台系であるか否かで分類されていったとしても、無理筋とはなりません。
以降、特に近10年での中央競馬<JRA>主催のG1レースは、社台系牧場のとりわけノーザンファーム生産馬同士による競走に過ぎず、もはや、異文化との交流は国内のレースではなかなか十分に果たせないという、由々しき事態にまで発展。

それなら、いっそのこと日高の馬は国外のレースに挑戦してみては?という状況にあって、アジア圏の征服のみならず、世界の競馬界を牛耳ってきた欧米のホースマンにとっても、2021年春英G1・オークスで巻き起こったエプソムダウンズの衝撃は、大いに味方につけたい得難き経験であるでしょう。
日本生まれのディープインパクト産駒・Snowfall<スノーフォール/2018年生>は、2歳時は平凡もいいところの一介の条件馬だったものが、距離も格も、当然相手関係も大いに強化した3歳春シーズン、2000M以上の距離を2戦して、共に楽勝。
目先を変えて挑むということの意義を示した日本産・外国調教馬の活躍により、狭い世界の中の話には止まらなくなったわけです。
フランスでそこそこ程度の競走馬だったノーザンテーストが、種牡馬として大化けしたように、社台系生産馬であるディープインパクトの血の価値も、今後、世界的に大きく変化するのかもしれません。

社台系とは?

まずは社台系の定義についてです。

元は、苫小牧市との境にある白老町社台という土地に築かれた生産牧場・社台牧場がルーツであり、吉田善助氏が始めたサラブレッド生産。
戦中末期に善助氏が亡くなった後、三男の善哉氏が千葉県富里に所有した牧場と合わせて、戦後の種牡馬導入の成功とそれに伴う規模拡大で徐々に存在感を示していった過程もあり、善哉氏の子息である三兄弟<照哉、勝己、晴哉各氏>が巨大グループのコアな部分を支える段階に入り、社台の創業は、吉田善哉というホースマンが始めたとするのが一般的。

旧早来町・現安平町に今のノーザンファームの原型である「社台ファーム早来」、すぐ後に、現在の社台ファームである「― 千歳」、後年に追分町が完成する「― 追分」<現追分ファーム>と、前出三兄弟が善哉氏の指令で事業拡大と共に、新規の牧場の建設、完成を機に、各場の経営に責任を持たせるようになると、いよいよ、社台系生産牧場は隆盛期を迎える。
導入した種牡馬の産駒が、じわじわと主要レースで活躍するようになり、70年代後半導入の「ノーザンテースト」、90年代中期から産駒デビューの「サンデーサイレンス」各産駒が、クラシックレースで大活躍。
両者とも、複数年でリーディングサイアー<産駒別最多賞金獲得順で首位となった種牡馬>を獲得し、現在の独裁にも似た絶対王者の礎を築いた。
ちなみに、1986年クラシックホースのダイナガリバーは父がノーザンテースト、ダイナコスモスは同時はまだ多くはなかった母父ノーザンテーストの各活躍馬。

自分で買い付けてきた種牡馬で、自国のクラシックレース、特にダービー<日本では東京優駿>を制することを第一目標に掲げるのが、主要生産国におけるホースマンのスタンダートな思考だとすれば、1986年の出来事を境に、この世の景色が一変したことは間違いない。
社台系の躍進は、それ以降の話。ダイナガリバーがダービーを勝つまでは、多くある生産牧場のひとつに過ぎなかったのだ。

社台グループについて解説

社台ファームとは?

1971年、千歳市に開場した社台ファーム千歳が始まり。
グループ創業者の吉田善哉氏が1993年に死去した翌年、長男である照哉氏が代表となり、他の牧場との経営が分割され、独立。
2010年のエイシンフラッシュのダービー制覇以降、大レースでの生産馬活躍のシーンが激減したものの、平成期の中盤までは日本の最高峰にあった生産牧場。
ダービー馬は計6頭、挙げた以外にはサンデーサイレンス初期の活躍馬であるタヤスツヨシもいる。

社台の勝負服

柄は、黄・黒縦縞・袖青一本輪。
社台レースホースの所有馬が出走すると、騎手はこの勝負服を身にまとう。

社台サラブレッドクラブ(社台レースホース)とは?

主に、社台ファームで生産された馬の所有権を単独にではなく、小口に割り振った株を売り出し、出資者を募った上で競走馬に必要な諸経費を賄い、クラブ所有馬としてレースに出走させるクラブ法人。
一般のファンでも手が届く投資額であることから、この出資者は一口馬主という言われ方もされ、こちらの表現が一般的。
国内にはこの手のクラブが数多く存在し、、大レースの勝ち馬はクラブ所有馬であることが今ではほとんど。

-主なクラブ活躍馬-
・ダンシングキー兄弟
<G1勝ち馬のダンスインザダーク、ダンスインザムード/注:エアダブリンは別法人、ダンスパートナーは勝己氏個人の所有>

→ダンスインザダーク/1996年菊花賞  ダンスインザムード/2004年桜花賞


・他牧場生産馬
<ギャロップダイナ・早来、サッカーボーイ・白老>

→ギャロップダイナ/1985年天皇賞(秋)  サッカーボーイ/1988年マイルチャンピオンシップ等G1・2勝

ノーザンファームとは?

旧早来町/現安平町に1967年開場の社台ファーム早来がルーツ。
善哉氏死去後の牧場経営の分割により、次男の勝己氏が以後の経営を担う。
グループ内の新規開場の牧場では先駆けであったこともあり、ダイナガリバー誕生の前に活躍の同ノーザンテースト産駒・アンバーシャダイが、有馬記念と天皇賞(春)を制し、グループの中でも早くから大物を送り出して軌道に乗せたが、しかし、本格的な全盛期はまさに現在。

大種牡馬・サンデーサイレンスの孫の世代が、本格的にターフを賑わせるようになると、配合面を考えた繁殖牝馬の輸入や国内での確保を着実に実行する中で、ダービーを2015年から4年連続制覇。
社台系生産馬での3連覇は2度あったが、ノーザンファーム単独では、戦前の下総御料牧場でも成し遂げられなかった大記録。
その他の輝かしい実績に関しては、まさしく推して知るべし。

サンデーサラブレッドクラブ(サンデーレーシング)とは?

主に、ノーザンファーム産の競走馬の一口馬主を募り、現役時にそれらを所有するクラブ。

-主なクラブ活躍馬-
・三冠馬対決の実現
<オルフェーヴル・白老 対 ジェンティルドンナ・ノーザン>

→2012年ジャパンC 1着:ジェンティルドンナ(牝3)  2着:オルフェーヴル(牡4)


・ノーザンファーム産馬によりG1上位独占は近年激増しているが…

→2021年東京優駿 1着:シャフリヤール~ エフフォーリア、ステラヴェローチェ、グレートマジシャン ~5着:サトノレイナス

*サンデーレーシングのワンツーは2012年ダービーのディープブリランテとフェノーメノの例があるが、意外にも、この2頭はノーザンファーム以外の生産馬。
2021年は、1、4着がサンデーレーシングの所有馬だった。

追分ファームとは?

追分町に1996年開場。規模や歴史はそれほどではないが、初期に導入の繁殖牝馬・ニキーヤからサンデーサイレンス産駒のダートホース・ゴールドアリュールを出し、フェブラリーSなどを制すると、この産駒が日本のダート主要路線を牽引。
小林祥晃氏所有のコパノリッキーがG1級勝利数で日本レコードを達成するなど、もうその次の時代を担う後継種牡馬も多数輩出。
一方、芝路線ではクラシックホースのレジネッタや天皇賞(春)連覇のフェノーメノなどが代表的生産馬に挙がる。

G1サラブレッドクラブ(G1レーシング)とは?

主に、追分ファームで生産された競走馬の一口馬主を募って、現役時にそれらを所有するクラブ。

-主な活躍馬-
・ペルシアンナイト
<2017年 マイルチャンピオンシップ優勝>

社台コーポレーションとは?

吉田三兄弟による共同経営で、主に、グループで繋養する種牡馬<競走馬引退後に種付けの目的で国内生産馬や外国から輸入した牡馬>専用の牧場、種付け場を併設した社台スタリオンステーション(後述)などを有する。
グループの原点である今の白老ファームも、共同所有の牧場となる。
他には、サラブレッドの急病や怪我などの処置をするために作られた社台ホースクリニックも、この法人の傘下。
生産牧場は、基本的には繁殖牝馬とその産駒を有し、競走馬になるために必要な最低限の教育<馴致>を施す場所だが、巨大生産組織だからこそ、その他に必要な設備等を自前で持っているのだ。

社台スタリオンステーションとは?

スタリオンとはすなわち、種牡馬を意味する英語であり、それらを一手に集約した牧場、種付けの施設を備えた、種牡馬専用の牧場。
主に、繁殖牝馬を有する牧場との棲み分けがなされるのは、日高地方の中小牧場が多い地域では一般的だが、社台系の生産牧場とも日高の牧場とも、距離的にあまり遠くないところに立地するのは、あくまでも客商売の側面があるため。
競走馬を生産すること自体に重要な意味を持つ種付け場ではあるが、それらを育てる場所ではないので、極めて合理的な経済活動が優先される場でもある。
多くの生産者が、自前の種牡馬を持ちたいと願うが、オーナーブリーダーとて手持ちに余裕がなければ、種牡馬としてこうしたところに買い取ってもらうしかない。
サンデーサイレンス系種牡馬ばかりだが、世界的に見ても、かなりの質と量を誇る主要な繋養牧場であり、芝がメインの欧州圏の優秀な繁殖牝馬も、数多く交配のために訪れている。

非社台系とは?

非社台系とは、主に、北海道日高地方の中小牧場群で誕生した競走馬やその生産牧場を指す総称で、いかにも雑草というような扱いをされるが、生産馬の絶対数で見劣っているのではなく、JRAの高額賞金レースで勝負になる馬が圧倒的に、社台系生産馬より少ないことから、ここ20年ほどでこの表現が定着していった。

主な非社台系生産牧場

昭和までは、名馬は「日高から」だけでなく、本州からも誕生していたものの、生産拠点を集約する過程で淘汰された結果、北海道の中でも積雪量が多くなく、かつ道内の他地域と比べて、田畑の開墾にあまり適さない地形である日高に、生産から初期育成までが集約された一定以上の規模を持つ生産者のみが、何とか食いつないできたという近年史があります。

特に単体で勝負になるレベルの馬を一定数供給できている生産牧場。

・ノースヒルズ/新冠町
三冠馬・コントレイルの生産牧場。
他にも、キズナやワンアンドオンリーがダービーを制し、近年もっとも、社台系牧場と質で勝負出来ている数少ないブリーダー。


・ビッグレッドファーム/新冠町
今は亡き岡田繫幸氏を総帥とした、日高のトップブリーダー。
2021年の優駿牝馬をユーバーレーベンで制したものの、ダービーは「チームラフィアン」としては、最高2着止まりで、悲願成就とまではいっていない。


・ダーレージャパン/日高町
現UAEドバイ首長のシェイク・モハメド<モハメド殿下の方が通りがいい>が、40年ほど前に学生時代を過ごしたイギリスに生産拠点を作り、生産組織をダーレー、実戦で仕事をする調教師、騎手らを加えたチームをゴドルフィンと名乗り、90年代から世界の主要レースを勝ちまくった世界的トップブリーダー。
20年弱日本での生産を重ねているが、A級馬の輩出となると、NHKマイルCをレコードタイムで勝利したダノンシャンティくらいなもの。
ただ、着々とすそ野を広げ、芝の短距離や2歳重賞などで活躍馬を多く出している。

非社台系の厩舎

近年のダービートレーナー/ダービー優勝調教師で、社台の匂いがしない馬で制したのは以下の2人くらいでしょう。

・昆貢<栗東>

【ディープスカイ】… 2008年 東京優駿/NHKマイルC 優勝
父アグネスタキオン 生産:笠松牧場<浦河町> 馬主:深見敏男氏

その他の主な管理馬
【ローレルゲレイロ】… 2009年 高松宮記念/スプリンターズS 優勝
父キングヘイロー 生産:村田牧場<新冠町> 馬主:ローレルレーシング

昆厩舎はJRA重賞を20勝近くしているものの、その中で、社台系の生産牧場で生まれた競走馬は1頭もいない。
近年誕生のダービートレーナーでは、昆調教師は異質な存在でもある。

・佐々木晶三<栗東>

【キズナ】… 2013年 東京優駿優勝
父ディープインパクト 生産:ノースヒルズ<新冠町> 馬主:前田晋二氏

【アーネストリー/同じ牧場の生産馬】… 2011年 宝塚記念優勝
父グラスワンダー 馬主:前田幸治氏

その他の主な管理馬
【タップダンスシチー】… 2003年 ジャパンC/2004年 宝塚記念 優勝
父プレザントタップ 生産:Echo Valley Horse Farm & Swettenham Stud<USA産馬> 馬主:友駿ホースクラブ

*昆厩舎ほど極端ではないものの、G1制覇という縛りを加えると、こちらも社台系牧場生産馬による勝利はなし。
その他では、A級種牡馬が多数誕生した2004クラシック世代の2歳王者・コスモサンビーム<ヤマオカ牧場産・新冠町>、障害G1を2勝のアップトゥデイト<ノースヒルズ産>ということで、日高の馬が活躍しやすい何かがあるのかもしれない。

非社台系の名馬

ノーザンファーム全盛時代に入って以降、非社台系の名馬は以下三者を置いて、他にはなかなか見当たらない。


【キタサンブラック】 <清水久詞厩舎>/ヤナガワ牧場産<日高町>
父ブラックタイド 母シュガーハート
戦績:20戦12勝/G1競走は7勝 *2020年にJRA顕彰馬に選出、殿堂入りを果たした

主な勝ち鞍
・2015年 菊花賞
・2016年 天皇賞(春)、ジャパンC
・2017年 大阪杯、天皇賞(春)、(秋)、有馬記念


【コントレイル】 <矢作芳人厩舎>/ノースヒルズ産<新冠町>
父ディープインパクト 母ロードクロサイト
*2020年に史上3頭目となる、無敗でのクラシック三冠を達成

ここまでの主な勝ち鞍
・2019年 ホープフルS
・2020年 クラシック三冠<皐月賞、東京優駿、菊花賞>


【デアリングタクト】 <杉山晴紀厩舎>/長谷川牧場産<日高町>
父エピファネイア 母デアリングバード
2020年に日本競馬史上初となる、無敗での牝馬三冠を達成

ここまでの主な勝ち鞍
・2020年 牝馬三冠<桜花賞、優駿牝馬、秋華賞>

非社台系の種牡馬

輸入され導入の種牡馬は数知れずとも、近年で、クラシックホースの輩出やリーディング上位など成功した日本の競走馬であった非社台系種牡馬は、ほんの一握り。

・ゴールドシップ
父ステイゴールド
<出口牧場産・門別町→ 須貝尚介厩舎・栗東→ ビッグレッドファーム・新冠町>

現役時は、皐月賞・菊花賞のクラシック二冠制覇に加え、史上初の宝塚記念連覇達成<3連覇挑戦は失敗>など、G1を6勝した顕彰馬級の活躍を見せながら、全15敗中10度もの5着以下があったという極端な成績がその個性を示す通り、人間が描く理想形を毛嫌いした豪傑。
種牡馬入りして以降、父の現役時を彷彿とさせるような途中から進出の馬が2頭重賞を制したが、意外にも、最初のG1制覇は牝馬のユーバーレーベン。
強烈な個性では白毛のソダシにも劣っていなかったが、マイル近辺では不発も多く、ソダシが距離の壁にぶつかったオークスで、悠々外を伸びて快勝した。


・サウスヴィグラス
父エンドスウィープ
<Samuel H.Rogers Jr.氏生産・USA生まれ→ 高橋祥泰厩舎・美浦→ 静内スタリオンS・静内町→ アロースタッド・新ひだか町>

第3回・JBCスプリント<大井開催>の優勝馬で、通算33戦16勝というタフなダートのスプリンターであった。
ただ、自身の産駒が各世代に散りばめられた産駒デビュー6年目に、地方のリーディングサイアーに輝くと、サンデーサイレンス産駒のダート向き後継馬・ゴールドアリュールとの熾烈な争いを展開。
ただ、大半のレースが短距離戦であるということから、2015年以降では首位独走の状態。
コーリンベリー、サブノジュニアらが親仔制覇を果たし、地方所属のラブミーチャンとヒガシウィルウィンらも中央の人気馬を破り、交流G1制覇を果たしている。
ゴールドシップと同じで、自身と似たタイプが活躍する。

社台のオキテ…

大レースでも手駒が豊富な社台系生産馬の場合、特に、社台系のクラブ所有馬であると、直接的かつ一元的に社台グループが統率し、ランク付けに応じた取捨選択をするなどの采配で、本来管理責任者である調教師の意見を重視せず、思うがままにレースに臨んでいくという説。
一部、深いところまで食い込んだ競馬記者が暴露した著述がこの表現の発端とされるが、欧州圏のような大牧場にごく一部の有力調教師がほぼ全ての有力馬を預託するような形にならず、生産者・オーナーサイドが目ぼしい調教師に振り分けることから、このような一見、不公平な構造な出来ているように映るだけ。
事実上、社台グループのそれもノーザンファームが他の追随を許さないから、こうなっているのであり、生産馬の質がもっと平準化されていけば、こうしたことも聞かれなくなるだろう。

ただ、武豊と大口の馬主に関わる生産馬で挑んだ大レースの敗戦で生じた軋轢などきな臭い話があるのは事実です。

2000年代の武豊騎手は、毎年海外遠征を敢行しながら、10か月強のJRAレース騎乗で、前人未到の200勝も達成するなど、まさに全盛の時代を迎えていました。
2004年デビューのディープインパクト<ノーザンファーム産>と共に歩んだ、ちょうど2年ほどの競走生活の間、武豊騎手は数々のビッグタイトルを勝ち取り、ディープインパクトでのG1・7勝以外にも、5頭で各1勝ずつ挙げ、その他重賞、国内、地方の勝ち鞍を合わせると、指が全然足らないといった具合。
そのほとんどは社台ファームかノーザンファームの生産馬であり、勝たせる仕事を最も正確にこなしていた時代でもあります。

ところが、ディープインパクトが凱旋門賞出走直前に厩舎サイドが、当地では使用に規制のある薬物を検出したことによる失格処分を受けてからというもの、騎乗停止や落馬事故など、表向きの数字で極端な差はなかったものの、乗れない期間が増えると同時に、武豊騎手自身の問題ではなかったものが、徐々にその騎乗内容への批判のようなものが業界各分野から表出すると同時に、一気に勝ち星の数も激減。
2010年春の大きな落馬事故を機に、騎乗機会を失うだけでなく、使う側の評価も大きく下がっていったのです。

その最大の原因が、懇意にしていたアドマイヤでお馴染みの故・近藤利一氏の所有馬に関わる、騎乗内容に対する疑念にあったとされます。
元より、他の馬よりも仕掛けを遅らせて勝負をかけるスタイルが武豊騎手の基本形であったことで、差し切れずに敗れることで批判を浴びることなど日常茶飯事だったものが、アドマイヤムーンでの香港の2敗により、オーナーの堪忍袋の緒が切れたような格好で、すぐあとのダービーの騎乗変更、宝塚記念のアドマイヤムーンもそれぞれ岩田康誠騎手への乗り替わりと、業界をざわつかせるような衝撃的展開は尾を引き、社台系グループの生産馬では、個人馬主を除くと徐々に手を引く陣営も増え、2010年の落馬による長期離脱を経て、ついに王座奪還も難しい状況になっていきました。

キタサンブラックへの騎乗が縁あって叶うまでは、まさに干されていたような状況で、武豊騎手の実力と地道な騎乗の積み重ねで、現状、成績も納得できるところまで戻していますが、50代に入ったのでは、騎乗数も伸ばせないのでかつてのようには勝ち星も挙げられないでしょう。
ただ、アドマイヤの勝負服にも久々腕を通し、長く縁のなかった社台レースホースの縦じまの勝負服でも、最近は騎乗機会を得ています。
社台とのコンビの場合、2006年京都記念から2018年のアルテミスSまでの期間、全く重賞勝ちはなし。
ディープインパクトが4歳になった年から、社台ファームが社台レースホースの馬でクラシックを制した翌年までの期間で、まさに七冠馬誕生の裏で展開された、著名なオーナーが絡む曰く付きのサイドストーリーとして、今後も語り継がれることでしょう。

社台包囲網

主に、国内の主要G1に非社台系の断然人気馬が登場した際、多数出走させている社台系生産馬が裏で手を結び、フェアな範囲でブロッキングし、自由に走れせないといった結果論を、面白く捉えた「比喩的表現」。
実際は、騎手の技量が問われるケースがほとんどで、うまい騎手がハメ込むシーンは何度も見られたが、伏兵に乗ったG1未勝利騎手には関係のない話。


思い出深いのは、
【テイエムオペラオー】

2000年度後半から引退までの1年弱で、同期のメイショウドトウ<個人所有馬はオペラオーと同じ>やナリタトップロード<個人馬主で同期の菊花賞馬>らと熱戦を繰り広げるものの、完全に脇役の社台系生産馬では、何度かチャンスを得て、最終的には衰えが隠せなくなってきた5歳秋に逆襲に成功するといった対戦の概要。
ただ、オペラオー自身が年間パーフェクトを懸けた有馬記念と、翌年、自身最初のナショナルレコードとなるG1・8勝に挑むレースとなった宝塚記念では、伏兵となった社台勢らに道中からかなりのプレッシャーをかけられ、宝塚記念では仕掛け遅れの2着に終わったものの、有馬記念は奇跡的な進路確保の成功により、無事年間8戦無敗での古馬王道G1コンプリートを成し遂げました。
歴史上、これ以外の馬が複数年挑戦まで含め、中長距離G1を完全勝利した記録はありません。


【コントレイル、デアリングタクト】

ディープインパクト産駒の傑作にして、空前絶後の記録となる親仔での無敗のクラシック三冠達成も、常にノーザンファーム産のエース級との対戦が恒常化していたコントレイル。
それと同年代の牝馬で、揉まれに揉まれたオークスのデアリングタクトも、テイエムオペラオーのように勝ち切ったものの、道中ではかなり「包囲網」に阻まれかけたシーンもありました。
ただこのオークス、岡田兄弟<1着牧雄、2・3着繁幸>が上位を独占した結果が、何とも皮肉。
翌年も繫幸氏が亡くなった直後に、ビッグレッドファームのユーバーレーベンが制し、断然支持のソダシ・ノーザンファーム産が敗れる結果に終わりました。

社台ファームの凋落

最近の10年間で、生産馬がほとんど活躍していないことから、こうした表現になっているが、ノーザンファームとの順位が入れ替わっただけのこと。
それよりは、ノーザンファームによる完全独裁時代に入ったとすべき。


・ディープインパクト登場とサンデーサイレンス直仔の競走馬の消滅<10年のタイムラグ>

ディープインパクトは2002年のノーザンファーム産の馬。
ところが、当時の趨勢はまだまだ社台ファームの方が上位で、生産者別ランキングでも、常に社台がトップでした。
ただ、社台系牧場の分割で独自採算制をとった後、サンデーサイレンス直仔のデビューが2006年の2歳世代<トップホースはウオッカとダイワスカーレット/後者は社台ファーム産>から潰えて、大方エース級が現役を去った2010年に、持ち込み馬であるエイシンフラッシュでダービーを制すると、流れは大きく変化。

ダービーで社台ファーム系のクラブ所有馬が勝てない数年のうちに、ジェンティルドンナ<牝馬三冠・ジャパンC連覇>、ロードカナロア<非社台系牧場生産/香港スプリント連覇等/社台スタリオンステーションで種牡馬入り後、初年度からアーモンドアイが輩出>といった社台ファーム以外で生産された馬が活躍する時代が訪れ、一気にノーザンファームの勢いが増した結果、勝ち星がダブルスコアという年も出てくるほど、近年、ノーザンファームの生産馬だけが社台系と認識されるまでに、社台ファーム産の馬が、とりわけ大レースでの活躍が見られないとなっていったわけです。

ただ、サンデーサイレンスの血を上手に取り込み、血統を管理する自社生産制をノーザンファームが卒なく行ってきた結果がそう出ただけで、サンデーサイレンス直系の隆盛期に社台ファームに出番がなかったという考え方もあります。
ノーザンファーム・勝己氏の戦略が、社台ファーム・照哉氏の考えよりも、サンデーサイレンスを活かしきった生産であったから、とした時に、大いに合点がいく解釈は可能です。
社台ファーム産で父サンデーサイレンスという馬がG1を勝ったのは、2016年朝日杯フューチュリティSのサトノアレス<父ディープインパクト>が最後。
その手駒が豊富なノーザンファームが圧倒するのは、当然の結果だったのかもしれません。

社台 vs ノーザン

・兄弟の確執はないものの、力の配分が全く違うので、結果に大きな差が生まれた
→<戦略の違いは端的に、発明と発見・新規開拓/ 手堅く現状維持・内部開発>

父善哉氏の薫陶を受けた兄照哉、弟勝己両氏ですが、結果に大きな差が出ている昨今、各々の狙いの違いが影響を及ぼしていることは疑いようがありません。

ディープインパクトをつけないわけではない両者ですが、社台ファーム産のハーツクライ<ディープインパクトを真っ向勝負で破った唯一の馬/ジャスタウェイ・リスグラシューらの父>でも、ノーザンファームからはリスグラシュー、スワーヴリチャード、シュヴァルグランなど、自慢すべき国内重要タイトルの快勝馬を送り込んでいる一方、社台ファーム産に関しては、ヌーヴォレコルト<オークス>くらいしかネームバリューのあるタイトルを得た活躍馬はおらず、ヨシダと名を与えられた北米圏で活躍の同産駒もノーザンファーム産と、散々な有様。

企画力は照哉氏の方があって、その話し方からも社交的な印象を持つ人も多いのに対し、もっと戦略的に今あるいいものの良さをもっと引き出すことが得意な印象の勝己氏は、それよりはずっとリアリストで、種牡馬を見つけてくることを至上命題とした、まだまだ弱小牧場のスタッフだった頃の「社台カラー」を押し出す照哉氏は、サンデーサイレンスにまで至る究極のわらしべ長者物語を、今でも父が威厳を保った時代から延々紡ぎ続けているように感じます。
サンデーサイレンスにまで至れば、何も恐れることはないと、生産牧場の肝である「質の高い繁殖牝馬」という部分に力点を置く勝己氏が、サンデーの影響力を背景に、今の無双状態を天下に知らしめたのはある意味、必然の展開とも言えるでしょう。

そもそも、各々の「個性」を活かした采配を、善哉氏が総帥として振ってきたことで、時代の分かれ目でその趨勢に大きな変化を及ぼす「性質」を生んだとも言えます。
社台スタリオンステーションをリードするような名種牡馬探しが経営哲学となっているのが照哉流であり、ノーザンファームの天下取り策に全てが表されている勝己流は、常勝のモデルケース、欧州圏で見られる牧場-厩舎-騎手の画一化の成功とイコールとなっているのであって、結果の成否は、状況によりけりに思えます。

考え方が違えば、答えも自ずと変化する。
本物を知るからこそ、理念が皆違ってくるという構図は、まさに盟友・岡田兄弟のそれとそっくり。<故繁幸氏のユーバーレーベン、牧雄氏が見出した社台系血統馬のデアリングタクト>
経営に対する考え方の違いは、決して、実力と比例するわけではないということでもあるわけです。

社台系と非社台系のまとめ

日本競馬界の成功を大いに後押しした社台グループに、海外展望に関する日本人ならではの消極性以外に課題を与えるならば、社台系グループに取り込むことに成功した傍流、異系出身の種牡馬の血を、丁寧に繋いでいく作業をおろそかにしたという愚についての反省でしょうか。

日本で成功の傍流では、

・サクラバクシンオー <ナスルーラ-プリンスリーギフト系種牡馬/母父ノーザンテースト、現ノーザンファームで誕生>
→日高で導入のテスコボーイの孫で、父の代のサクラユタカオーから社台で導入も、直系はバクシンオーの段階でほぼ先細りが見える状況に

・サッカーボーイ <ハンプトン-ファイントップ系種牡馬/母父ノーザンテースト、現白老ファームで誕生>
→父ディクタスの代から導入も、サッカーボーイの代表産駒はいずれも、非社台系生産馬でほぼ絶滅


完全異系の代表格だと、

・トウカイテイオー <トウルビヨン-マイバブー系種牡馬/父は七冠皇帝・シンボリルドルフ>
→期待して導入も、男馬の代表馬が騸馬と地方交流G1の勝ち馬で、血を繋げられず。

・メジロマックイーン <トウカイテイオーと同系も、パーソロンからみて、前者は直系孫で後者は3代父がパーソロンで曾孫>
→もっと走らず、牡馬の重賞勝ち馬はホクトスルタンだけで継続断念も、父マックイーンの繁殖牝馬から、ステイゴールド産駒の2頭がクラシックを制する。


合理主義なのか探求を第一目標とするのか、そのどちらにも足らないのが、守るべき血の選別の意識。
どこかで速さを取り戻せば、また復興するというのがサラブレッドの歴史だとすれば、今国内に見当たらない、セントサイモン系の血もどこかで必要になるでしょう。
今後淘汰が苛烈になるサンデーサイレンス系のことを今考えるより、自然には残せない血のつなぎ方を思案できるような人材を育成することも重要です。
中央競馬のレース賞金の高さに感けていると、思わぬところで躓き、いつしか置いてけぼりを食らうかもしれません。
サンデー系の選別に、最終局面で重要な判断を迫られた時、三兄弟の各ジュニアがどう思案するのか。
亜流の血のつなぎ方に、一定の活路を見出せれば、いとも簡単に答えは見つかるようにも思えますが、そこで判断ミスを犯せば、生き残った日高の生産者に光が差すような気がしています。